本と映画とドラマの感想|サトーのブログ

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英国警官ドラマ『Happy Valley/ハッピー・バレー 復讐の町』感想

 

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こんにちは。
ビットコインが900万円に達したと聞いて変な声がでて、大谷翔平が結婚したと知って変な声がでたサトーです。 大谷選手、おめでとうございます。

さいきん見たドラマの感想です。
いろいろ考えることがあったので長いです。

 

 

ストーリー

 

ハッピー・バレーに住むキャサリンは巡査部長。
妹と娘の子ライアンと暮らしている。
ある日、娘の死に影響したと思われる男ロイスが出所したことがわかった。
キャサリンはロイスが気になるものの、町で発生した誘拐事件を捜査することになる。
悪人ロイス、問題児のライアン、若い部下たち、同居する妹。
様々な人間関係の中でキャサリンは苦悩しながらも前に進んでいく。

 

ドラマの感想

ドラマの感想としては、ハードボイルドな英国警官というか、タフで優秀な中年女性の警官が悪人に立ち向かい、戦って勝利するという話です。
事件の話だけじゃなくてキャサリン(サラ・ランカシャー)周辺の人間関係も描かれているので、共感できるポイントも多いです。
ドラマの感想は以上です。

 

で、シーズン1の後半でキャサリンとロイス(ジェームズ・ノートン)の死闘があるんですよね。そこでキャサリンがボコボコに殴られて重体になるんです。
で、その後もまたキャサリンは立ち上がって仕事に復帰するんですよね。

 

そこでなんていうかね、暗澹たる気持ちになって考えてしまいました。

個人的に「キャサリンがボコボコに殴られなければならなかったのはなぜか?」と気になったので、以下ダラダラと書いていきます。

 

ステラ

fortunamajor.hatenablog.com

 

似たようなことが、ドラマ『THE FALL 警視ステラ・ギブソン』でもあったんですよね。
女性警官のステラ(ジリアン・アンダーソン)が男に殴られるシーンが。
ステラもそこから立ち上がってまた仕事を続けたんですけどね。
両方ともイギリスの警官のドラマです。

 

で、これ何だろうって考えていたら「女警官が男の犯罪者にボコボコに殴られてもそこから立ち上がって初めて、男または視聴者に認められる」みたいな構図が潜んでいませんかね?

 

いやね、だって男性警官が主役のドラマのときは、多少殴られたり撃たれることはあっても、集中的に「顔」を殴られて出血することに焦点を当てるっていうのは、あんまり無い気がするんですよね。

 

今回のキャサリンを見てる側としては、すげえ…そんなになってまで戦うのか…すげえ…よくそこから立ち上がったな…っていう感想が出てくると思うんですよ。「・・・じゃあ認めてやらないでもないか」っていうね。

 

そういう声がどこからか聞こえてきた気がしたんですよね。
幻聴ですかね?
「女は男に認められるために、まず顔をボコボコに殴られて立ち上がらなければならない」みたいな暗黙の掟みたいなのがね、うっすら感じられたんですよ。
それってとても悪趣味で、男社会に生きる女性だけに課された通過儀礼的なものに見えて好きじゃないんですよね。

 

ちなみに、キャサリンは優秀な警官です。上司にも認められています。ステラも警視になるくらいなんで優秀だとは思うんですけどね。
それでも身体的被害を受けてなお立ち上がるという構図がね、なんですかねこれ。

 

英国ドラマはタフな女性警官が多い?

『ニュー・トリックス』シーズン1エピソード1↓↓↓

 

余談ですが・・・他にもイギリスの警官ドラマでタフな女性といえば『ニュー・トリックス~退職デカの事件簿~』が思い浮かぶんですけどね。初期の主役を務めたサンドラもタフでした。

 

で、話をもとに戻すとキャサリンやステラやサンドラみたいな警官が英国視聴者に人気があるのかもしれませんけどね。
なんだか先進国イギリスで「女は殴られてから認められる」みたいなものがあるのかも?と考えちゃったので、ちょっとずどーん…と落ちこんだ気持ちになっちゃいましたね。

 

その他いろいろ

で、さらにちょっと考えてみたんですけど。
近年のアメリカ映画やドラマでも、女性俳優が男みたいなアクションと戦い方をするじゃないですか。骨格・筋力・体力ともに男性に劣るはずの女性が、男性相手に「男」の戦い方をするんですよね。
パワーとパワーでぶつかり合うみたいな。

 

まあ稀にスカーレット・ヨハンソンブラックウィドウや、『エージェント・マロリー』のジーナ・カラーノ(こっちはガチの格闘家)みたいにズバ抜けた体力と戦闘力を持つ女性もいると思いますけどね。

 

何が言いたいかっていうと、そういうのを見ていると「男に認められたければ、男と同じ土俵に上がってきたければ、男と同じように戦った上で女はわかりやすく顔をボコボコにしろ」というのが暗黙の掟みたいに存在してるようで気分悪いんですよね。

「男に認められるためにはまずわかりやすい肉体的なダメージを負う必要がある」というのが、制作側にあるような気がするんですよ。
視聴者側はどうか分かりませんけどね。

 

日本では

で、そういうことを考えていたらX(旧Twitter)でこんなかんじの投稿をみました。ある女性の経歴です。

 

昭和の時代に大手証券会社に就職、結婚出産後に派遣社員として仕事復帰、家事と育児と仕事に追われ倒れてついに入院、36歳で第4子出産、その後40代後半で管理職、支店長となり53歳の現在は常務執行役員に昇格 ”という経歴をもつ女性の話です。


この女性がどうこうという事ではなくてですね、この話に対する反応が興味深かったです。

この話に対する感想で私が見たものを要約すると「夫が不在」「妻が苦しんでいるとき夫は何してたんだ?」「男もここまで超人的なものを求められるのか?」といったものです。

 

これもね、「女はボコボコにされてもそこから立ち上がって初めて認められる」「男に認められるためにはまずわかりやすい身体的なダメージを負う必要がある」とどこか似ていませんかね。

 

男性は組織や社会に認められるのにそこまでする必要はないけれども、女性はいったん地の底に落ちて這い上がってこなければならない、みたいなね。
または男の50倍のハードルを超えてこなければならない、とかね。

 

まあ女性の中にもプロレスラーや、プロ・アマとして戦う仕事をしている人がいますので、特に殴られることに抵抗はない、もしくは闘魂スピリット溢れる人もいるんでしょうけどね。


そういう職業とは別の話で「暴力や逆境に屈しない女が認められる/出世する」話がチラホラあるのはどうなんだろうと思った次第です。

 

まあ世の中こういうことばかりではないと思いますけどね。
たまたま目についた範囲での観測と感想です。

 

シーズン2

シーズン2エピソード1↓↓↓これはキャサリンの孫ライアン

 

話を『ハッピー・バレー』に戻しますね。
このドラマは現在シーズン2まであります。
シーズン2は刑務所に入ったロイスが獄中から手駒を動かして息子ライアンをたぶらかし、それにキャサリンたちが抗う話と、キャサリンが事件に巻きこまれてコピーキャットが現れる話がメインです。

 

シーズン1より残忍な描写は減っていますが、残忍な事件が出てきます。
シーズン1は男もボコボコに殴られますが、残忍な事件の被害者は両シーズンを通して女性が多いです。

 


まとめ

というわけで英国警官ドラマ『Happy Valley/ハッピー・バレー 復讐の町』の長い感想でした。

 

それでは、お読みいただきありがとうございました♪

 

 

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